経営・運営

「クラブ」とは本来「私的空間」だった — 会員が集まらない葛藤の正体

「クラブ」とは本来「私的空間」だった — 会員が集まらない葛藤の正体

「総合型クラブだから、来る人を断れない」——初心者向けに立ち上げた教室に経験者が入ってきて雰囲気が変わってしまった、指導者が勝ち負けにこだわり始めた。こうした葛藤に心当たりはありませんか。実はこの悩みの正体は、「クラブ」という言葉の歴史的な意味と、日本での使われ方のズレにあります。


「クラブ」はコーヒーハウスから生まれた

クラブの起源は17世紀のイギリスにさかのぼります。当時流行したコーヒーハウス(喫茶店)は、身分に関係なく誰でも入れる場で、偶然隣り合った人と芸術・政治・仕事まで様々な話題が交わされました。誰でも入れる「公(開かれた)」空間です。

ところが毎日通ううちに常連同士が顔なじみになり、「同じ人と話すなら別の場所で集まろう」とアパートの一室や小屋へ拠点を移していきます。気の合う特定の人だけが集まるこの場所こそが「クラブ(club)」でした。clubに「持ち寄る」という意味があるのは、家賃や材料、アイデアを出し合って場所を維持したからです。


本来のクラブは「私的空間」

整理すると、こうなります。

  • コーヒーハウス=誰でも入れる「公(開かれた)」空間
  • クラブ=特定の人しか入れない「私(閉じられた)」空間

歴史的に見れば、クラブとは本来「私的空間」を指し、しかも誰かに強制されず自然発生的に生まれたものでした。


日本の総合型クラブに生まれた「政策的矛盾」

一方、日本の総合型地域スポーツクラブは「地域住民に開かれた公益」「新しい公共」と定義されてきました。つまり本来「私的空間」であるクラブを、「公的空間」として運用しようとしてきたのです。ここに矛盾があります。

「クラブ=開かれた場」という認識が強く周知された結果、現場のクラブマネジャーは「すべての地域住民を受け入れなければ」という潜在的なプレッシャーを抱えます。冒頭の「断れない」葛藤は、この副作用なのです。


「私空間の集合体」として捉え直す

ではどうすればいいか。発想を変えて、クラブを「私的空間(=それぞれ独立した教室)の集合体」として捉えることです。

  • 初心者卓球教室、競技志向のバレー教室、健康体操教室——それぞれが独立した「私空間」でよい
  • クラブマネジャーの役割は、この教室同士をつなぎ、クラブ全体のアイデンティティを育てること

いきなり「すべてを受け入れる総合型クラブ」にするのではなく、私空間同士のつながりを増やした結果として、総合型クラブになっていく。この順序が、無理のない運営の鍵になります。あるクラブでは、独立した教室を否定せず、むしろ教室ごとの色を認めることで会員の満足度を高めています。


編集後記

「断れない」と苦しくなったら、それはあなたのクラブが真面目に「公共」を背負おうとしている証拠でもあります。まずは1つの教室を「私空間」として大切に育てるところから。集めることより、居心地のよい場をつくることが先です。

— 地域スポーツ運営ナビ 編集部